コラム/コメディ

コメディ関連のコラムです。

2010年7月28日 (水)

コラム【ビル・マーレイの兄弟は、デブキャラ枠の隠れた逸材!?】

ビル・マーレイ……映画好きなら、まず知らない者はいないであろう。日本でも『トッツィー』(1982年)や『ゴーストバスターズ』(1984年)あたりから知られるようになり、今やハリウッドのトップスターのひとりである。

さて、そのビル・マーレイの兄弟と聞いてわかる人は? と、これはかなり難しい質問かもしれない。そもそも、兄のブライアン・ドイル・マーレイの勧めで俳優になったビルだが、兄のブライアンも弟のジョンも、それに末弟のジョエルも皆俳優である。

このマーレイ兄弟のうち、ビルは別格のスターになってしまったが、長兄のブライアンと末弟のジョエルもテレビドラマを中心に貴重な脇役として活躍している。ブライアンは「The Marvelous Misadventures of Flapjack」(2008年~2010年)というアニメでキャプテン・ナックルズという寸胴の海賊が持ち役だし、ジョエルはシットコム「ダーマ&グレッグ」(1997年~2002年)でグレッグの親友・ピート役で注目された。

ビルは中肉中背といったスタイルだけど、ブライアンとジョエルはしっかりデブキャラ系。背が低く、小太りなブライアンは「まるっこいお爺ちゃん」といった感じでホームコメディにも時たま顔を見せる。一方のジョエルは「ぽっちゃりした、とっちゃん坊や」という雰囲気で、これまたコメディ向き。

日本では無名に近いビル・マーレイの兄弟たちだが、ジョエルの方はゴールデングローブ賞を3年連続で受賞した人気ドラマ「マッドメン」(2007年~)の第1シーズンに、古参コピーライターのフレディ・ラムセン役でレギュラー出演していたので、日本でも多少は知られるようになったかもしれない。海外ドラマファンにしてみれば、「ダーマ&グレッグ」で変態チックなデブ検事を演じた俳優が、一転して「マッドメン」では酒に溺れて仕事を失うクリエイターという悲劇的な役を演じているのだから、油断できないものである。

ちなみに日本ではモテない要素であるデブキャラも、アメリカではそうでもないらしく、ジョエル・マーレイが20年以上連れ添っているのは美人女優のエリザ・コイルだったりする。二人は「ダーマ&グレッグ」で共演しており(皮肉にも、エリザはグレッグの元恋人・バーバラ役)、今ならDVDでエリザの美貌を確認できるはずだ。

日本の映画ファン、コメディファンは、仕事を選り好みする傾向の強いビル・マーレイよりも、役者業をとことん楽しんでいるように見えるジョエルやブライアンの作品にも注目してみてはどうだろうか?

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2010年7月22日 (木)

コラム【ブラウン管で暴れまくったデブキャラスター~ドリュー・ケリー】

9年間にわたってアメリカのテレビ界で絶大な人気を得たシットコム「ドリュー・ケリーDEショー!」(1995年~2004年)。主人公のドリュー・ケリーを演じたのが、キャラクターと同名のコメディアン、ドリュー・ケリーだ。というか、人気コメディアンが自分と同じ名前のキャラクターを演じるというのは、アメリカのシットコムではひとつのパターンになっている。

ドリュー・ケリーは、1991年にジョニー・カーソン司会の「トゥナイト・ショー」に出演してコメディアンとして頭角を現した。日本ではほとんど無名だが、90年代半ば以降のアメリカでは、彼の顔を見ない週はないくらいテレビに出まくっていたのだ。見た目は、太った体躯に黒ブチ眼鏡の中年男。どう見ても大スターの器とは思えないが、こういうキャラクターに人気が集まるところが幅広い人種を受け入れる大国ならでは。このドラマで演じられているドリューは、デパートの人事部に勤める中間管理職という設定だが、気の優しい小心者で、なんというか(スヌーピーの飼い主の)チャーリー・ブラウンが大人になったらこんな人物になりそう……と思わせるような人物なのだ。

「ドリュー・ケリーDEショー!」には、メインキャラクターにもうひとりデブキャラを配してして、キャシー・キニーという女性コメディアン演じるミミ・ボベックというキャラクターだ。ドリューの務めるデパートの社長秘書という設定なのだけど、“秘書”という言葉からは最も遠い外見を持った女性であるところがまず笑わせる。70年代の日本のドラマ「ムー一族」で樹木希林と岸本加世子が踊りながら「チビ、デブ、ブス」と唱えるギャグがあったけれど、まさにその3つが揃ったキャラクターなのである。しかも、その外見に加えて、性格が最悪なのだ。外見の良くない女性というのは、その分性格でフォローされたりするものだけど、ミミは執拗にドリューをいびりまくる。こんな救いようのない人物がこれまた人気を集めたりするところなんて、やっぱり大国アメリカだよなぁ。

さて、これほどの人気者なら映画に進出するのが当然と思えるけれど、ドリューは頑なにテレビを舞台に活躍を続けている。映画出演は、ブレイク前の『コーン・ヘッズ』(1993年)や声優として出演したアニメ『ロボッツ』(2005年)など、数える程度だ。彼自身のキャラクター“ドリュー・ケリー”がとにかくテレビでは引っ張りだこで、いわゆる“himself(本人)”でのゲスト出演が膨大な数で存在するのだから、テレビの王様として満たされたコメディアン人生なのだと思う。このへんのところは、(プロデュースから脚本、主演までこなすことも含めて)日本でいえば欽ちゃん(萩本欽一)のスタンスとよく似ている。

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2010年7月19日 (月)

コラム【ベルーシの影を踏んだ男~クリス・ファーレイ】

今回はデブキャラで売ったコメディアンを取り上げてみる。

日本でもデブタレント枠というものがあるが、彼らは太っていること自体が商品価値であり、中途半端にダイエットなどしてしまうと途端に仕事が減ってしまうそうだ。何年か前に伊集院光が数十キロのダイエットに成功したことがあったが、その頃に映画出演のオファーをした監督から「太った男をイメージしてキャスティングしたのだから、体重を元に戻せ!」と叱られたらしい。

海外のデブ役者に関しては、(太っているが故の愛嬌というプラス要素はあるものの)デブであることが絶対条件というわけではない。求められるものは、やはり演技力やセンスである。その好例が、7080年代に強烈な個性で活躍したジョン・ベルーシだ。彼が通常の体型だったとしても、『ブルースブラザース』(1980年)はヒット作となったはずである(これは、近年日本でも知名度の上がったジャック・ブラックにも同じことが言える)。

さて、ここにジョン・ベルーシに憧れてコメディアンになったデブキャラ男がある。ベルーシと同じく「サタデー・ナイト・ライブ」に出演して人気者になったクリス・ファーレイだ。日本公開作品では『ウェインズ・ワールド』(1992年)と続編の『ウェインズ・ワールド2』(1993年)、日本未公開だがビデオ化された主演作『クリス・ファーレイはトミーボーイ』(1995年)、『プロブレムでぶ/何でそうなるの』(1996年)、『ビバリーヒルズ・ニンジャ』(1997年)あたりで彼の活躍を知ることができる。

ベルーシに憧れていたとはいえ、クリス・ファーレイの得意としたキャラクターは過激なキャラで売ったベルーシとは正反対の“愛嬌のある小心者のデブ”であった。彼の主演作は基本的に、「気の弱いダメ男が一念発起して大成功を収める(または事件を解決する)」というベタな設定であった。それでも、「クリス・ファーレイだからいいか」と観客を納得させてしまうところはデブキャラの強みである。

クリス・ファーレイが憧れたジョン・ベルーシは、33歳の若さで薬物中毒が原因でこの世を去った。そして、ファーレイもまた(繊細さによるストレスがたたり)薬物中毒で亡くなっている。皮肉なことに、ベルーシと同じ33歳だった。

2008年には『ビバリーヒルズ・ニンジャ』の続編制作が発表されたものの、今年になって監督側と投資会社側(韓国の会社だったらしい)とのトラブルによって暗礁に乗り上げたとの情報が入った。これでは、天国のファーレイも浮かばれないだろう。続編映画制作の難しさを思い知らされる話である。

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2010年7月 5日 (月)

コラム【トップを目指さず走り続けた名脇役~ロレッタ・デヴァイン】

コメディ映画で印象を残す黒人女優は、何故か“アクの強い太ったオバちゃん”が多い。スタイルのいい美人女優もいるけれど、彼女らはヒロインであるだけのポジションであり、案外印象に残らないのだ。例えばエディ・マーフィーやウィル・スミスの相手役って、あんまり見せ場がないでしょ? その分、三番手、四番手の脇役は登場シーンが少なくても、けっこうインパクトがあったりする。そういう役割の脇役女優で、80年代からずっと名脇役のポジションで走り続けている黒人コメディエンヌがロレッタ・デヴァインなのだ。

見た目は、ドーンと“肝っ玉母さん”体型。コメディもシリアスも器用にこなし、歌も踊りも玄人はだし。ウーピー・ゴールドバーグのように突出した個性でアメリカン・ドリームを実現したのとは違い、ハリウッド・エンターテインメントの王道まっしぐらである。押しの強さと愛嬌のあるキャラクターを得意としているせいか、太ったオバちゃんでありながらロマンスのある役が似合ったりする。現在放送中の海外ドラマ「弁護士イーライのふしぎな日常」(2008年~2009年)では、主人公の“不機嫌で口うるさい”秘書パティ役でレギュラー出演しているが、事務所の重役から慕われるという意外な設定がついていた。そして、このドラマでは出演者たちがミュージカルよろしく歌い踊るシーンが多く、デヴァインも迫力あるエンターテイナーぶりをたっぷり見せてくれる。

息長く多数の作品に出演し続けてきたロレッタ・デヴァインだが、日本で公開された作品が少ないために知名度はまだまだこれから(といっても、彼女自身は芸歴30年を超えているのだけど)。映画ファンに知られているとすれば、『ため息つかせて』(1995年)のグロリア役、『天使の贈り物』(1996年)のビヴァリー役あたりだろうか。どちらもホイットニー・ヒューストン主演で評価の高い作品だが、両作に連続で共演者として選ばれていることを見ても彼女の力量がわかるだろう。

また、『First Sunday』(2008年)と『Lottery Ticket』(2010年)では、アイス・キューブと共演。『For Colored Girls Who Have Considered Suicide When the Rainbow Is Enuf』(2011年公開予定。原作は黒人女性の数奇な運命を描いたヌトザケ・シャンゲの戯曲)では、ウーピー・ゴールドバーグとも共演しており、スターたちから“共演したい脇役女優”として重宝されていることが窺える。それも、彼女が脇役のポジションに誇りを持ち、彼女の演じるキャラクター同様に愛される人物であるからなのだろう。

それにしても、ここまで日本未公開作品ばかりがズラリと並んでるのは黒人がメインの作品であることと無関係ではないだろう。還暦を過ぎたロレッタ・デヴァインの芸達者ぶりを、なんとか日本でも目にする機会が増えることを切に祈りたい。

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2010年6月16日 (水)

コラム【黒人コメディ新時代を担うスターの台頭~ウェイアンズ兄弟】

7080年代に最も成功した黒人コメディアンのひとりにリチャード・プライヤーがいる。かのエディ・マーフィーも尊敬していたコメディ界の大スターだが、日本では『大陸横断超特急』(1976年)、『スーパーマン3/電子の要塞』(1983年)、『マイナーブラザーズ 史上最大の賭け』(1985年)、『ハーレム・ナイト』(1989年)くらいしか、公開作としては記憶されていないのではないだろうか。だからというわけでもないけれど、『スーパーマン3/電子の要塞』でクリストファー・リーブ(スーパーマン)とダブル主役という扱いでクレジットされていたのを見た時には、多くの日本人が「誰、この人?」状態だったはずである(実際にはアカデミー賞授賞式の司会を2度務めた大物なのだが、今と違ってアメリカ国内でのキャリアなど伝わってこないのが普通だった)。

さて、その大物コメディアンであるリチャード・プライヤーの伝記映画『Richard Pryor: Is It Something I Said?』(2011年公開予定)が製作され、当初はエディ・マーフィーがプライヤーを演じる予定だったが降板することに。そして、最終的に主役に抜擢されたのがマーロン・ウェイアンズという黒人コメディアンである。日本ではまだまだ知られていない人物だが、2000年以降の映画出演作を見ると『最終絶叫計画』(2000年)、『レディ・キラーズ』(2004年)、『G.I.ジョー』(2009年)など、話題作で重要な役どころで出演しているのがわかる。そして、ホラー映画のパロディ作品として好評価だった『最終絶叫計画』と続編の『最''絶叫計画』(2001年)では、マーロンと兄のショーン・ウェイアンズが脚本を担当し、長兄のキーネン・アイヴォリー・ウェイアンズが監督だった。彼らこそ、90年代以降のコメディ界で台頭してきている“ウェイアンズ兄弟”である。

余談だが、日本ではあまり話題にならなかった2作目の『最''絶叫計画』だけど、実は日本版ではオリジナル版から20分もカットされている。そのため、ストーリーの辻褄が合わなかったり、重要な伏線やギャグが殺されているのだ。障害者絡みのドタバタシーンだからとはいえ、コメディでこういうカットをしてしまう神経はいかがなものか。

マーロンとショーンの兄弟は、90年代半ばにスタートしたシットコム「The Wayans Bros.」(1995年~1999年)で主演し、全米に知られる存在となったのだが、ウェイアンズ兄弟が世に出るきっかけとなったのは「In Living Color」(1990年~1994年)だった。ジム・キャリーやジェイミー・フォックスといった面々を輩出した「In Living Color」は、「サタデー・ナイト・ライブ」とはまた違った才能を発掘したことで再評価されるべきだと思う。

現在、ウェイアンズ兄弟を中心に、その子供たちや親戚まで含めた“ウェイアンズ・ファミリー”が映画・テレビで俳優やスタッフとして活躍しており、まさに新時代を担う黒人コメディチームと言えるだろう。

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2010年6月15日 (火)

コラム【マクレーン刑事の相棒が築いた、黒人一家のシットコム】

ヒット映画の好演で名を上げ、そこからテレビシリーズの主役をゲットするというケースはハリウッドでもままあることだが、90年代においては、『ダイ・ハード』(1988年)のパウエル巡査(2作目からは巡査部長)を演じたレジナルド・ベルジョンソンがその代表選手と言えるだろう。

あのまるまると太った愛嬌のある黒人警官を好演したレジナルド・ベルジョンソンは『ダイ・ハード』の翌年からスタートしたシットコム「Family Matters」(1989年~1998年)に主演し、この番組は9シーズンにわたる人気番組となった。

このドラマの特徴は、メインの登場人物が揃って黒人であるということである。近年、アメリカのコメディドラマに黒人が登場するのは別に珍しいことではないけれど、主人公一家に周囲の友人たちも含めた大半の出演者が黒人というのは(「ビル・コスビー・ショー」のような番組を除けば)ちょっと珍しい。そして、このドラマでもベルジョンソンはカール・ウィンスローという警官役であり、いかに“ベルジョンソン=人のいいお巡りさん”というイメージが浸透していたかということだろう。

さて、最終的には長寿番組となった「Family Matters」だが、実はスタート時から好調だったわけではなく、番組の人気が上昇したきっかけはシーズン1の後半からレギュラーとなった隣人のオタク発明狂少年・スティーブの登場から。このスティーブ君、見た目のインパクトがとにかく強烈で、大きなメガネにサスペンダー、カクカクしたヘンテコな動きに甲高い声……しかも周囲の空気を読めないことおびただしくて“元祖KY”というキャラクターなのだ。弱冠13歳でこのキャラクターを演じたジャリール・ホワイトは、スティーブ役で全米に名を知られ、今では立派な青年俳優として活躍している。

スティーブ君効果で安定した人気を得た「Family Matters」には、もうひとつ大きな“事件”があった。次女・ジュディを演じたジェイミー・フォックスワースの第4シーズンでの途中降板である。降板理由は公にされていないが、その後のストーリーでジュディが初めからいなかったような扱いになっていることから、何らかの不祥事が絡んでいることは想像に難くない。この降板事件を聞いて思い出したのが、「欽ちゃんのどこまでやるの!?」の高部知子ニャンニャン事件である。あれもまた、当時十代だった彼女の不祥事によって、番組から追放。三姉妹の設定だった“わらべ”が、何の説明もなく二姉妹になってしまったのだった。ちなみに降板後のジェイミー・フォックスワースは、ドラッグに溺れたり、別名でアダルトビデオに出演したりと散々な人生だったようだけど、近年は更生し、昨年にはボーイフレンドとの間に子供を授かったこともあって、徐々に幸せを取り戻しているようである。

Family Matters」が、そういうトラブルも乗り越えて90年代を走り通したパワーは、ある意味でレジナルド・ベルジョンソンの何でも包み込んでくれそうなキャラクターに負うところ大だったのではないだろうか。ところで、ベルジョンソンの当たり役であるパウエル巡査部長だが、日本でも放送がスタートしたスパイ物コメディ「チャック」(2007年~放送中)の第2シーズンでゲスト出演しているので要チェック!(ちなみに日本では第1シーズンまで放送済み)

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2010年6月14日 (月)

コラム【脇役から主演スターに……“ミスター・スピンオフ”~ロバート・ギローム】

ハリウッドの黒人スターといえば誰を思い浮かべるだろうか? エディ・マーフィ? ウィル・スミス? もうちょっと新しいところだとクリス・タッカーあたり? 渋め好みならモーガン・フリーマンとか。もちろん、彼らは世界的な成功をおさめた大スターである。そして、こういった黒人スターは今やハリウッド映画界には不可欠な存在だ。しかし、ほんの40年ほど前までは、黒人が主演する作品などというものは数えるほどしかなかった。特にコメディでは。

テレビ界が生んだ最初の黒人コメディスターはビル・コスビーになるだろうが、その演じたキャラクターと共にお茶の間に愛されたコメディ俳優といえばロバート・ギロームの名前を挙げたい。

彼の代表作であるキャラクター“ベンソン”は、最初「ソープ」(1977年~1980年)の脇役として登場した。ベンソンは上流家庭の使用人だが、主人に対してもズケズケと皮肉やイヤミを連発する。だからといって嫌われ者というわけではなく、誰かが助けを必要としている時には役立つ助言をしたり、子供相手には愛情深く接したりもする。型通りのキャラクターが多いシットコムの中にあって、なかなか奥深い人物なのだ。そんなキャラクターに人気が出ないわけはなく、ベンソンはシーズン3を最後に番組を去り、自らが主人公となった番組「ミスター・ベンソン」(1979年~1986年)がスタートする。

今ではよく知られるようになった“スピンオフ(あるドラマで人気の出た脇役が、そのドラマを飛び出して別の新ドラマで主役になるというシステム)”なのだが、それまでは「奥さまは魔女」(1964年~1972年)の続編的な「タバサ」(1977年~1978年)くらいしかスピンオフ作品はなかった(しかも「タバサ」は、たった12話で打ち切られた)。それに比べて「ミスター・ベンソン」は大ヒットドラマとなり、7シーズンのロングランになった(本家の「ソープ」がシーズン4で終了したのに、である)。まさに、ミスター・スピンオフ!

人気の原因はもちろんロバート・ギロームの確かな演技力にあったのだけど、州知事を陰で支えるスーパー使用人(使用人といっても、「ソープ」のテイト家よりもずっと良い境遇になっている)という設定のアイデア勝ちでもあったように思う。

「ミスター・ベンソン」終了後のギロームは、映画とテレビでバランスよく仕事を続け、80歳を越えてなお、いまだ現役である。最近ではティム・バートン監督の『ビッグ・フィッシュ』(2003年)に出演。ベネット医師役で記憶している人もいるだろう。また、今年製作されたスリラー『Columbus Circle』ではセルマ・ブレア(『ヘルボーイ』のヒロイン、リズ役)と共演している……が、日本公開は微妙なところ。

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2010年6月13日 (日)

コラム【TVで成功し過ぎちゃったコメディアン~ジェリー・サインフェルド】

90年代以降、最も人気のあったシチュエーションコメディって何?」と、アメリカ人に質問してみたとする。すると、ほとんどの人が「となりのサインフェルド」(1990年~1998年)と即答するだろう。

どのくらいの人気番組だったかというと、(かなり古い例えになってしまうけど)戦後のラジオドラマ「君の名は」があまりの人気のため、放送開始時間になると銭湯の女湯から誰もいなくなってしまった……というエピソードに近いものがあったらしい。番組終了時期に裏番組だった「ダーマ&グレッグ」では、その異常人気を逆手に取ったギャグを使用しているのでちょっと紹介してみよう。

ある日、ダーマと友人のジェーンが「どっちのカップルが、より際どい場所でエッチ出来るか」を競うことになり、「誰かに見られたらどうするの!?」と心配するグレッグに対してのダーマの返答が、「大丈夫! 今夜はサインフェルドの最終回だから、誰も外にいるわけない!」(この日は、実際に「となりのサインフェルド」の最終回だった!)。……とまぁ、当時すでに人気番組だった「ダーマ&グレッグ」でさえ、「となりのサインフェルド」をとんでもないお化け番組だと見ていたわけだ。

そんな超人気番組に主演していたジェリー・サインフェルドとは何者なのか? 他の多くのコメディアンの例にもれず、サインフェルドもスタンダップコメディからスタートした。そして1989年に製作した、自らを主人公としたシットコム「The Seinfeld Chronicles」(これがそのまま「となりのサインフェルド」となる)で注目され、一気にTVスターとなったのだ。本人のキャリアそのままに、ドラマの中でも“スタンダップコメディアンのジェリー・サインフェルド”という設定で通している。アメリカのコメディでは案外こういう設定(俳優本人が自分自身のキャラクターを演じる)が多いのだけど、TVのトークショー(に出演するホストやゲスト)とコメディスターが密接に結びついていることとも関係があるもかもしれない。コメディアンにとって、自分の名前を冠したトークショーを持つことはひとつの“あがり”でもあるからだ。

ジェリー・サインフェルドの表舞台での目立ったキャリアは、実は「となりのサインフェルド」でほぼ終わっている。とはいえ、人気が下降して消えたわけではない。むしろ、「成功し過ぎたので、長いバカンスに入っている」という感じだ。近年ではドリームワークス制作のアニメ映画『ビー・ムービー』(2007年)で製作、脚本、主演として関わっているが、それも“成功者の趣味”ともいえる余裕が感じられた。

「となりのサインフェルド」では1エピソードにつき100万ドル(約1億円)のギャラを稼いでいたのだから、もう働く必要もないのだろう。ピーター・フォーク主演の『The Thing About My Folks』(2005年)でカメオ出演してみたりと、悠々自適な後半生を送っているようである。

まさに、“TVで成功し過ぎちゃって、そこで完結してしまったコメディアン”というしかない。そして、日本とアメリカでこれほど知名度に差のある人物もいないだろう。

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2010年6月12日 (土)

コラム【シットコムに“明るいセックス”を持ちこんだ女優~ジェナ・エルフマン】

1999年にNHKでスタートした「ダーマ&グレッグ」(アメリカでは1997年~2002年の放送)には、正直かなり驚かされた。ほとんどのエピソードでセックス絡みの話題が出てくるということもそうだけど、そういう作品を“NHKが放送している”という事実にである。何しろ70年代にNHKで放送された「刑事コロンボ」では、ある登場人物の(原語では)「ベッドの中ではどうだか……」というセリフを、(セックスを連想させないために)「夫としてはどうだか……」と言い換えさせていたのだから、隔世の感がある。

これ以前にもゲイや不倫やレスビアンの出てくる海外ドラマはあったけれど、「エッチしよ!」とズバリ言ってしまっても、全く隠微さを感じさせないキャラクターはジェナ・エルフマン演じるダーマが初めてではないだろうか。ついでに言えば、アメリカのシットコムは日本放映時に途中打ち切りになるケースが多いのだけれど、「ダーマ&グレッグ」は珍しくシーズン5の最終回まで放送されている(つまり日本でも高視聴率だったということだ!)。まぁ、日本での人気は、吹き替えを担当した雨蘭咲木子の(ジェナ・エルフマン本人よりも)ダーマらしいハッチャけた声がずいぶんと影響しているんじゃないかと思うのだけど。

ジェナ・エルフマンは、ダーマ役によってゴールデングローブ賞のコメディドラマ部門で主演女優賞を受賞(1998年)。そして、この絶頂期に彼女は『エドtv』(1999年)、『僕たちのアナ・バナナ』(2000年)、『フォルテ』(2001年)と、立て続けに映画出演している……のだが、作品的には今ひとつパッとしなかった。『エドtv』では、ダーマのイメージを裏切るような不幸な(というか、コメディなのでマンガチックにボコボコにされる)ヒロインに挑戦したもののハマったとは言えなかったし(監督は『コクーン』『バックドラフト』のロン・ハワードなのに!)、『フォルテ』ではダーマの分身のようなブッとんだ女性を演じたにもかかわらず、不幸にも作品自体がコメディとして不出来だった(最低映画を選ぶ、あのゴールデンラズベリー賞にノミネート! 主演のウォーレン・ベイティがそもそもコメディの主演に向かてないんじゃなかろうか)。

ただ『僕たちのアナ・バナナ』に関しては、(興行的に大赤字だった『エドtv』と『フォルテ』と比べて)まぁ成功だったんじゃないかと思う。エドワード・ノートンが監督・主演を務めたことでちょっと話題になったりもしたが、ユダヤ教のラビ(指導者)&カトリックの神父&幼馴染みのヒロインとの三角関係という舞台設定に、ベン・スティラー&エドワード・ノートン&ジェナ・エルフマンの3人を配したことが相乗効果になったようだ(実際ユダヤ教のことがわかっていなくても、けっこう楽しめる)。この作品でジェナが演じたアナ・ライリーという女性は、聡明で明るく魅力的なヒロインだが(社会的に成功しているキャリアウーマンという点で)ダーマとはまた違うタイプ。それでも、セックスにはオープンで、あっけらかんとしたキャラクターという点では、まさにジェナ・エルフマンの得意とするフィールドだったのかもしれない。そして後味がまた心地よい。

どうやらジェナ・エルフマンは、「観客をキモチ良くさせてくれるコメディ」がお似合いのようである。

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2010年6月11日 (金)

コラム【米国コメディエンヌの王道~「元気ときどき天然」の系譜】

アメリカの女性コメディアンの歴史はどこから始まったのだろうか? 映画創世記のコメディ映画にも、メイベル・ノーマンドのようなスターやチャップリンのパートナーとして活躍したエドナ・パービアンスなどがいたけれど、彼女らはヒロインであって“道化”ではなかった。

今のコメディ映画における女性コメディアンの活躍の場はロマンティックコメディが主流であり、そう考えると、現代に続くコメディエンヌの原型を作った女優は「アイ・ラブ・ルーシー」(1951年~1957年)でシットコムの人気を定着させたルシル・ボールというのが妥当な線だろう。彼女が80年代まで演じ続けたセルフキャラクター“ルーシー”は、「おっちょこちょいでハタ迷惑なトラブルメーカーだけど、いつも陽気で憎めない女性」。そしてアメリカのシットコムにおいて、この手のキャラクターが女性コメディアンの王道として存在し続けてきたのである。

例えば60年代には「じゃじゃ馬億万長者」(1962年~1971年)でのドナ・ダグラス(エリー役)がマリリン・モンロー的な天然娘を演じていたし(モンローの吹き替えで有名だった向井真理子がエリーの声を担当したので余計にそういう印象が強かった)、70年代から80年代にかけては「ラバーン&シャーリー」(1976年~1983年)でのペニー・マーシャルとシンディ・ウィリアムズがその系統を引き継いでいる。ちなみにペニー・マーシャルは、後に『ビッグ』(1988年)や『レナードの朝』(1990年)、『プリティ・リーグ』(1992年)などのヒット作で監督としても大成した才女である。

70年代後半にはもうひとり、キャサリン・ヘルモンドという天然系の怪女優が活躍している。(当時としては)反モラルを前面に押し出した異色のコメディ「ソープ」(1977年~1981年)で、何が起きても我関せずな天然系おっとりマダムのジェシカ・テイト役を演じて強い印象を残した。彼女はその頃すでに50歳くらいだったはずだが、世間知らずで常識知らずのお嬢様がそのまま年を取ったような不思議な可愛らしさを醸し出していた。同時期にテリー・ギリアム監督の『バンデットQ』(1981年)にも出演していて、あのモンティ・パイソンの世界に加わっても違和感のない怪演を見せている。

さて、80年代後半~90年代前半にかけては、TVにおけるコメディがやや停滞してしまうのだけど、シットコムの世界は90年代後半になってようやく大型のコメディエンヌと出会うことになる。それが、「ダーマ&グレッグ」(1997年~2002年)で華々しく登場したジェナ・エルフマンだ。

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